文化財修復・制作技術

修理工程

◆膠溶液における剥落止め

絵画や墨書、墨蹟、経典の保存修理を行う上で、もっとも重要なのが剥落止めです。特に文化財修理では、経年劣化や長期間同じ場所で吊られているような掛け軸は、絵の具顔料が剥落していたり、湿気により滲んでいたりします。

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弊社では、文化財修理に使用する剥落止めについては、古来より用いられている膠を使用しています。膠とは、動物の皮や骨等を材料とし煮出した液体を固めたものです。絵具の剥落の度合いにより、その浸透性や接着性に適合した数種類の膠を調合し、膠溶液の濃度を決定します。

◆「湿式肌上げ法」とわずかな水分による「乾式肌上げ法」

文化財修理では通常本紙修理を行う上で、肌裏(旧裏打ち紙)の除去は欠かせません。肌裏とは、本紙面に最初に裏打ちを行った紙のことを指します。本紙を守るために本紙表面のクリーニングの後、膠溶液にて絵の具剥落止めを数回行います。表装を取り外し本紙のみの状態にし、本紙表面に布海苔水溶液とレーヨン紙を用いて貼り、本紙を保護します。乾式肌上げ法では、その後裏面より裏打紙を除去し、作業台にて乾燥した本紙の肌裏を慎重に取り除いていきます。その時、少量の水を含ませた刷毛にて塗り、肌裏紙を取り除きます。湿式方式では、乾式方式と同じ様に本紙表面を保護した後、本紙裏面から水分を与え肌裏の糊を潤ませて取り除いていきます。

過去の修理において不適切な修理がおこなわれた掛け軸、または虫喰や経年劣化により本紙の傷みが酷い掛け軸など、いずれの掛け軸も全て修理前の状態は異なります。

このことにより、弊社では昭和30年代より旧肌裏打ち紙の除去法については、本紙の状態により「湿式肌上げ法」と「乾式肌上げ法」を使い分けた修理を現在まで行ってまいりました。

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◆裏打ち

古い掛け軸では通常、絵画や墨蹟の裏には、肌裏、増裏、中裏、総裏と4回の裏打ちが施してあります。また涅槃図や曼荼羅のような大幅では通常よりも多く裏打ちを行います。
裏打ち工程における裏打ちの回数は、一般表装と文化財修理では回数も異なります。
弊社で使用する和紙については国産楮を原料とし、製造工程で苛性ソーダは一切使用せずソーダ灰・木灰を用いたもののみを使用しております。(*文化財修理の場合)また、大幅表装に用いる裏打ち和紙は、楮の繊維の長い和紙を漉き使用します。

裏打ち工程と裏打ちに使用する和紙*ここに記載しております一例

工程 肌裏 増裏 中裏 総裏
素材 美濃紙 美栖紙 美栖紙 宇陀紙
回数 1回 1回 1回 1回
工程 素材 回数
肌裏 美濃紙 1回
増裏 美栖紙 1回
中裏 美栖紙 1回
総裏 宇陀紙 1回
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◆補絹

虫喰や破損により、欠失した絵絹を再度填め込む作業を指します。弊社では、絹本調査により絵絹の密度を測定し、修理対象物である元の絵絹と同等構造な絵絹を製作することに力を入れております。なぜならば、新しい絵絹では、伸縮強度の違いにより接合部に狂いができるため、元の絵絹と調和しません。また、古糊の接着強度も新しいものと数百年経っているものでは異なるからです。
そこで弊社では、紫外線劣化装置にて絵絹の劣化作業を行います。これは絹に含まれるセリシン層を破壊することなく絵絹を自然に近い状態で劣化させることができるからです。
絵絹の構造、強度、色味など様々な観点から、絹の古代色染め、使用する絵絹の太さなどを決定し、補絹で使用する絵絹製作をおこなっております。

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    劣化装置にて絵絹を人工劣化

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    補絹作業

◆折り伏せ

修理工程

古い掛け軸では、染み、虫喰、汚れの他に横折れが多くあるものが殆どです。横折れが多くなると今度はこの折れより亀裂が生じ、紙本であれば紙が、絹本であれば絵絹が、剥離や亀裂が生じやすくなってしまいます。この折れがまた再度生じないために、過去に生じた折れに合わせて裁断した和紙をあて、折れを補強する重要な作業を「折り伏せ」といいます。

この折り伏せを行うことで、修復後掛け軸を開閉する際に以前の折れが補強され、再度折れができることを防ぐ効果があります。
また、今後このような折れの負担を最小限に緩和するために、近年では修復の際には、桐製の太巻芯に掛け軸を巻き収納されることを推奨しております。