コラム

山岳信仰と表具

掛け軸は、西洋の額などとは異なり、どこにでも持ち運べ、どこにでも掛けることができる利便性を兼ね備えており、古来から重宝されています。また仏教においては「信仰」を広める1つツールのとして使用されてきました。ここでは「山岳信仰と表具」という題のもと、その歴史と表具の関係を見ていくことにします。

山岳信仰の歴史は古く、日本人が稲作を中心とする農耕生活を基盤としていた頃から信仰されていたと伝えられています。古代、人々は雨乞いの際、山間の龍神や山神に祈りを捧げ、地震や噴火の際には山を鎮めるため様々な呪法や呪術をおこなっていました。これらの呪法や呪術は、後に人々の信仰心へと結びつき山岳信仰へと発展していったと考えられます。現在、日本の古い書物で確認できる山岳信仰としては「万葉集」や「風土記」にその一端を物語る場面が書かれています。特に、大和三山の相愛の物語に登場する山神の存在を擬人化したものなど、当時の民衆たちの信仰心が伺えます。
その他、平安時代中期に律令の施行細則をまとめた法典「延喜式」所載の「神明帳」には9世紀以前に祀られた古代山岳信仰の山神系の神社や祭神名を見出すことができます。

表具の歴史

表具の歴史は、仏教の伝来と共にもたらされた中国の隨・唐の経巻や仏像画などの擬製に端を発するとされています。最も早い時期の仏画に施された表装が、掛軸の原初形態であると考えられ、奈良時代から平安時代にかけて屏風・衝立・襖の原型も見られます。また、表具師という職業が登場するのは、奈良・平安時代のことで、中国からもたらされた経巻や仏画を装丁する装こう師と呼ばれ巻子本の表具を専門としていました。平安時代になり主に経巻の仕立てを行う経師が登場します。鎌倉時代になると、宋朝式の表具が伝えられてヒョウホエ師(表背師、表補衣師、裱褙師)という表具専門の職業が始まり、その記録は仏像画等の裏書でも多く見られるようになります。また、表具の名目が確認されるのは天正(安土桃山)時代からとなります。

⇒ 表具の歴史の詳細はこちらからご覧いただけます。

表具との関わり

山岳信仰は表具が大陸から伝わる以前より、民衆の信仰として広く知られていましたが、山岳信仰の歴史を見るうえで、その最初の人物として史上に現れたのが、舒明6(634)年大和国葛上郡茅原に生を受けた役行者(役小角)です。後に世俗を惑わすものとして讒言(ざんげん)により伊豆の大島に流されますが、霊力により毎夜島から抜け出し、富士山に登って修業したという話が伝説化されました。このような伝説を伝える手段として、巻物や掛け軸が関わるようになってくるのです。

立山曼茶羅について

通常の神社、仏閣とは異なり、山に登ることを主とする山岳信仰では、その利便性からも表装形式は通常の形式とは異なり、独自の形式をもつものもでてくるようになります。

立山曼茶羅について

その代表例として、立山曼茶羅があります。東国の霊山の代表的霊山でもある立山は、立山連峰は雄山(立山)を中心に南の鳶獄、薬師岳、北の剣山、毛勝三山、僧々岳、西の大日岳を含めた連峰の総称です。寛喜2(1230)年銘の造立銅像帝釈天立像(富山県)には地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天の六道にさまよう衆生救済のため法華経を書写したと記されています。
立山曼茶羅は、立山信仰を描いたもので、前述した六道とそれを救済する阿弥陀聖衆来迎を1つの場面に描いたものです。大きなものでは、縦160㎝×横240㎝の大画面に描かれ、この大画面は、1つの掛け軸としてではなく、3~4本の掛け軸を組み合わせることで1つの絵を見ることができるという独自の表装形式をもっています。
立山曼茶羅は本来、全国に布教するため、製作された掛幅です。そのため持ち運びやすいよう分割されているのもその特徴です。表装寸法は立山曼茶羅の大きさに合わせて3分割または4分割され、表装の柱は左右に掛ける掛幅のみに使用される特別な形態となっています。(※一部異なるものや修理後の方針により改装されたものもあります。)

立山曼茶羅について

通常対幅は、二幅、三幅、四幅、五幅、八幅と増え、二幅一対、三幅一対などと総称されます。由来は様々ですが、八幅対で例えると玉礀筆潚湘八景を八幅に仕立てて、銀閣寺の茶所の四方の壁に掛けたのが始まりとされています。
立山曼茶羅と通常の掛幅の違いは、「1つの絵を分割して表装する」という点です。通常の対幅は、1つの「絵」または「物語」が1つの掛け軸の中に納まっています。つまり立山曼茶羅の場合、1幅でも欠けると「絵として」成立しないのです。

このように形式、仕立ての観点からも立山曼茶羅は特別な存在であることが伺えます。


立山曼陀羅

立山曼茶羅・・・4幅の掛け軸を継ぐことで1つの絵画となる。

立山曼茶羅の修理仕様では、「立山式」(独自の寸法割り出しとその仕様)を確立し現在も使用しております。

  • 「立山式」(独自の寸法割り出しとその仕様)

  • 「立山式」(独自の寸法割り出しとその仕様)

  • 「立山式」(独自の寸法割り出しとその仕様)